ゴルフ好きの男の子雑誌週刊文春の2013年8月15日・22日号に、松山英樹 恩師が明かす「驚異のメンタル」という記事がありました。
 
ポイントとなる部分を抜粋して紹介します。
 
(このコンテンツは週刊文春 2013年 8/22号169~171ページを参考にしています)
 
松山選手はアマ選手だったお父さんの影響で、四歳からゴルフを始めました。

幼馴染と近所の人の話です。

「玄関に入ると、目の前の廊下からその部屋にかけてグリーンに見立てた緑の絨毯が敷かれていて、室内でパターゴルフができるようになっていた。
 
(中略)
 
お父さんのゴルフ指導は厳しかったようで、パイプを二本組み合わせて頭を固定し、頭を動かさずに腕を振る練習をしていたのを覚えています」
 
「お父さんが愛媛県のトップアマやけん、その影響でしょうね。家の庭にはネットが張ってあり、小学生とは思えないほどのすごい素振りをしてましたよ」

松山選手は中学二年のとき、ゴルフ部のある高知県の名門、明徳義塾に編入入学します。
 
松山選手の先輩の話を。

「学校が山奥にあり、寮生活で恋愛も禁止。スポーツに専念するにはピッタリの環境です。その中でも松山は人一倍練習していて、全国大会で練習した翌日でも朝からガンガン走っていた」

松山選手は高二のとき、全国高校ゴルフ選手権で優勝しています。
 
この時の様子を、松山選手が所属する東北福祉大学ゴルフ部の阿部靖彦監督は次のように語っています。

「高二の松山を見たとき、体格の良さや精神的な芯の強さに可能性を感じました。
 
日本人でも昔はジャンボ尾崎さんや青木功さん、中島常幸さんのような体の大きな選手が多かったけど、最近は体の大きな選手が育っていない。
 
松山は180センチくらいですから、ちょうどいい体格だなと思いました」
 
「三年生になって進路に迷っていた松山とご両親に会い、『すぐにでもプロになれるだろうし、普通はプロゴルファーにはなれるでしょう。でも、松山くらいの選手であれば、もっと上を目指すような選手になって欲しい』と進学を勧めました」
 
「どのスポーツもそうですが、一流のアスリートである前に、人間を磨き上げなければいけない。心と頭と体、その三つを同時に鍛える。一流の人間にならなければ、一流のアスリートにはなれません」

松山選手はプロ転向表明の記者会見で「四つあるメジャー全部で勝ちたい」と宣言します。
 
かなり大胆なこの発言について、阿部監督は次のようにコメントしています。

「周りからは『何言ってんだ。プロになったばかりの人間が生意気だ』と言われました。だけどそれをおまえは言っていいと。志を高く持ち、世界に飛び込んで行けと本人には言いました。
 
大学に入った頃からそういうふうに思わせていたし、『とにかく上を目指せ。日本に納まらずに世界に通用する人間になれ』と言い聞かせてきました。
 
(中略)
 
よく(松山選手は)『メンタルが強い』という評価をいただきますが、自分の中にそういう大きな目標があるからこそ、メンタルが強くなっていくのだと思います。
 
ボギーを打ってもバーディーで取り返せばいいという強い気持ちがある」

松山選手のゴルフ以外の側面について。
阿部監督の話を。

「移動中はよく本を読んでいますね。自分で選んだ本を読むこともあれば、私が読んでいる本を『次に読ませてください』と言って読み始めたり。
 
野村克也さんや落合博満さんのリーダー論でしたね。
 
私が野球あがりなものですから、仲間の王貞治さんや秋山幸二監督、大学OBの佐々木主浩や金本知憲、矢野燿大なんかと会う機会が多く、松山は彼らの話を真剣になって聞く。貪欲な子です」

松山選手がテレビなどに露出しないのも、阿部監督の意向です。

「テレビ番組やコマーシャル、ゴルフ雑誌でのレッスンなどはすべて断っています。プロゴルファーならゴルフ場でお金を稼げと言ってありますので。
 
ゴルファーとしてこれから二十年三十年と生きていくわけですから、いい方向に導いてあげるのが私の役目。
 
お酒もあまり飲みません。
 
(中略)
 
お祝いをするのは、一年間すべての結果が出てからでいい。いまはそれよりも自分がやらなければいけないことをやりなさいと言い聞かせています」

松山選手の強いメンタルの秘密は、どうやら高い目標設定にあるようです。これなら、アマチュアでも真似できるのではないでしょうか。